富士宮一覧

村山浅間神社

村山は、富士山における修験道の中心地であり、明治時代の廃仏毀釈運動により廃されるまで、興法寺という寺院があった。 鎌倉時代には、末代上人に関連する修行者により寺院が成立したと考えられ、村山には正嘉3年(1259)の銘がある大日如来坐像が伝わっている。文明18年(1486)には聖護院門跡道興の来訪があり、この頃には本山派に加わるようになったと考えられる。戦国時代初めには、今川氏の庇護を受け、修験者や道者が集まり、周辺には坊が建ち並んでいたと考えられている。16世紀作とされる「絹本著色富士曼荼羅図」には、興法寺で諸堂を礼拝したり垢離をとったりする道者の姿が見える。

若獅子神社

若獅子神社は、先の大東亜戦争において若獅子の名のもとに勇戦奮闘悠久の大義に殉じた陸軍少年戦車兵の教官・生徒六百有余の御霊を御祭神として永久祭祀の途を拓くため昭和59年10月神社を創建しました。 今、英霊は、この地に還り守護神として我が国の平和と弥栄を希い、氏子崇敬者の平和と繁栄をひたすらお守りしておられます。特に御祭神は、交通安全・学業成就・産業新興の神様として特別の御神徳をそなえておられます。

狩宿の下馬桜

狩宿の下馬ザクラ(かりやどのげばザクラ)は、静岡県富士宮市にある一本桜。日本最古級のヤマザクラであり、正式な和名はアカメシロバヤマザクラという。国の特別天然記念物であり、日本五大桜のひとつ。 1193年に源頼朝が富士の巻狩りを行った際、馬からおりた所とされたことから狩宿の下馬ザクラと呼ばれるようになった。「駒止めの桜」という別名も存在する。1922年(大正11年)10月12日に国の天然記念物に指定された。1952年(昭和27年)3月29日に特別天然記念物に指定された。 樹齢は800年を越える。かつては樹高35m、幹囲り8.5mの巨木であった。しかし度重なる台風などの影響で弱っており、最盛期の姿は拝めない。開花時期は4月中旬である。

羽鮒山展望台

富士宮市街西にある羽鮒丘陵(中里山とも呼ばれる)南端の、羽鮒山頂上にある展望台です。 富士宮市街から少し離れ、左右に広がる町並みを見下ろす感じで、その向こうに富士山が大きく見えます。 月の明るい夜は市街の背景に富士山の姿が浮かびます。 羽鮒山の山裾を通る身延線の夜行列車の灯りが線を描きました。 白尾山が邪魔になり市街東部はあまり見えません。 左に貴船小学校、中央に富士宮市民文化会館右下に羽衣跨線橋が見えます。

宮おどり

宮おどりは平成4年に富士宮市制施行50周年記念事業として創作された新しい踊りです。 毎年、8月第一土曜日の翌日曜日に市民約6,000人が参加し、市内の目抜き通りは昼から夜にかけて踊り一色となります。 関連イベントとして、平成30年8月3日(金)~8月5日(日)にかけ、富士宮市本町商店街で「七夕まつり」も行われます。

富士山御神火まつり

富士山御神火まつり(ふじさんごじんかまつり)は、静岡県富士宮市で毎年8月の第1土曜日に開催される祭り。富士山頂で灯された火が市街地に運ばれ、その火を神輿に灯して行われる。 1日目に、富士山頂で登山部会により御神火採火式が行われ、その火が持ち帰られる。その火は富士山本宮浅間大社に奉納され、祭りが始まる。 祭りの最後に行われる、神輿で多くの人が神田川の中を進んでいく神田川昇りはこの祭りの名物である。

富士宮市

富士宮市(ふじのみやし)は、静岡県東部の市。富士氏の発祥・根拠地としても知られる。北方に世界文化遺産である富士山を有し、またその構成資産(富士山-信仰の対象と芸術の源泉)である富士山本宮浅間大社・山宮浅間神社・村山浅間神社・人穴富士講遺跡・白糸ノ滝といった文化的資産を擁す。