写真には必ず添え書きを

富士・富士宮の昭和という本が刊行されると言う事で協力依頼があり、仏壇を探したらこんな写真が出てきました。

建物には大宮町消防組常備詰所と書いてあり、火の見櫓には架設の櫓も組まれ幕が巡らされていて、俵が並んでいるように見えます。
どうやら落成祝賀会の記念写真のようです。
場所は富望館(現望幸)の隣、大宮町というのは市制施行前だから昭和17年以前、何かに記録がないかと図書館に出かけました。
たしか、「富士郡大宮町誌」と言う本を見た記憶があったのでリファレンス室で探しましたが見つかりません。
カウンターで写真を見せ、これが何年か知りたいと話すと3人がかりで資料をあれこれ持ち寄り探してくれました。ところがありそうでなかなか見つかりません。
やっと見つかったのは同じ建物が写った別の写真で昭和16年撮影となっています。この写真は郷土資料によく使われていて、「富士宮の百年」「なつかしの町名をたずねて」「なつかしの富士宮」に見つける事が出来ました。
でも、知りたいのは写真が写されたのが何年だったかです。

図書館ではここまでしか判りませんでしたので、電話で消防署に聞いてみました。
調べて改めて電話を頂いたのですが、本町の消防組常備詰所から次の田中町に移ったのは昭和37年で、記録では落成の年月日が判らないとの事。
昭和7年の大火以降、二部制を敷いて昼夜警戒に当たる事となりました。
法令で消防署設置が位置づけられたのは昭和22年の事。
富士宮では明治8年、大正9年、昭和7年と度重なる大火で防火意識が強まり、消防態勢も消防法以前から力が入っていたようです。

でも、写真の撮られた年は結局判らず。

次に話を伺ったのは、消防団員時代に方面隊長としてお世話になった方。
写真の場所のお隣に住んでいる方なら、何か判るだろうと思ったからです。
昭和11年生まれのその方の物心ついた頃には、すでにあった物だから判らないとのこと。何か親御さんに聞いていないかと思ったのですが、ちょっとがっかり。

気を取り直し伺った話を整理してみると、昭和7年の大火以降で16年よりは前と言う事が言えそう。

その後、メモを調べているとその方から電話が入りました。
調べたら古い消防関連の写真が色々出てきたとのこと。
大正時代の火の見櫓落成記念とか何枚かあった写真の中に、うちの写真と同じ状況で撮られたと思われる物があり、それには昭和11年8月2日本町第一部と書いてあったそうです。建物に「大宮町消防組常備詰所」とあり、火の見櫓に櫓を組んで幕を巡らせて、消防の半纏を着た人たちの記念写真で消防ポンプも写っていたと言うから、同じ日に別に撮られたものと思われます。

どうやら、ゴールが近づいたかな。
あとはうちの写真とその写真を比較するだけ。

追伸
たった今、図書館から電話を頂きました。
常磐区誌の中に、大宮町消防組常備詰所が11年8月2日に落成したという記述があったとの事。他の資料にも同様の記述があったというので、間違いないものと思われます。

年寄りの無理な相談だというのに、丁寧に調べ連絡して下さった元方面隊長、図書館の職員さん、本当にありがとうございました。



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