明治23年の浅間大社境内図と平成13年空撮写真比較

富士宮市制施行50周年記念に発行された「なつかしの町名をたずねて」付録の浅間大社境内図と、平成13年に撮影した空撮写真の視点が似た角度からだったので比較してみました。

比較動画

位置を合わすために写真を少し変形しました。

明治23年浅間大社境内図

明治23年浅間大社境内図

変わったもの

明治23年境内図では西鳥居の場所には階段がなく、西門通りまで段差なく繋がっています。
このため、大正4年には山車を新造した湧玉御幸(現宮本区)が馬場にまで山車を引き入れ記念撮影をしています。
大正期に浅間大社の大改修が行われ、その際に西鳥居以西に盛り土をして境内と区切ったもの。盛り土で新たな坂が出来たことから南側元町までの坂道を新坂と呼びました。

正面参道前に第一鳥居がありましたが、少し下がった場所に移りました。周囲には田や畑ばかりでしたが、家が建ち並び駐車場や公園となっています。

正面参道を東西に横切る中道も御手洗橋も当時は無く、

市川博康さん提供 明治頃の神田川と富士山

神田川東岸近くには道も家もありませんでした。

湧玉池と神田川の境界となる神幸橋(石橋)も、当時は平らでした。

浅間大社本殿周囲も当時は透き塀ではありませんでした。

平成13年浅間大社空撮

浅間大社境内空撮800



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